ハッピーズ 芦川社長の公式ブログ

株式会社ハッピーズ 代表取締役 芦川 泰彰 

カテゴリー: ブログ

「慶應卒&実家は病院」何不自由なく育った代表芦川がベンチャーで勝負に出た理由・後編

大学の頃に起業したベンチャー企業が大学卒業と同時に廃業。企業に就職する道を選ばなかったことでたくさん“寄り道”をしてきたハッピーズ代表取締役の芦川泰彰。しかし、その“寄り道”のおかげで、人として・社長として多くの大切なことを学べました。苦労した20代とこれからのハッピーズを芦川が語ります。

前編はコチラ

就職せずに2回目の起業。今思えばどこかのベンチャーで修行すべきだった

▲苦楽をともにした創業メンバーと芦川(右)(写真は2013年シリコンバレーにて)

大学時代に起業したベンチャー企業が廃業。タイミング悪く5年かかった大学を卒業した時でした。

有名企業からもオファーをいただいていたのですが、「今から新卒1年目として働くこと」がカッコ悪い&縛られたくないと思ってしまった私が選んだのは、もう一度、“起業”すること。

起業するにあたり特段不安はなく、なんとかやっていけるでしょうと楽観的に思っていました。

まず、原宿に1Rのオフィスを借りたのですが、事業内容も決めなかった上に熱いパッションもなく、のらりくらりとしたスタートでした。大学時代に猛烈に働いていたこともあり、その反動で1年目は特に何もせずにボケーっと過ごしていましたね。

2年目になりそろそろ真剣に働き出さなくてはいけないと思ったタイミングで、慶應義塾大学の1学年後輩である水野永吉 と出会い、その後、前職の仲間である森井英貴と再会。3人で一緒に仕事をすることになりました。

事業内容は慶應義塾大学ゴルフ部に所属していた水野のアイデアで「ゴルフ場への送客ビジネス」でした。最初に手掛けたマッチングビジネス。

楽天が運営するゴルフ場予約サービスGORAやゴルフショップサイトGDOなどインターネット予約が盛んな時に、ネットを使わずにアナログな手法で取り組んでいました。

電通やTBSなど大企業に勤める先輩方に、「ゴルフコンペがあれば教えてください」と言って営業しまくっていました。今思うと、なんでそんなことをやっていたんだろう。本当に効率が悪い。

優しい先輩は弊社にゴルフコンペの予約依頼をしていただいておりましたが、当然ニーズがないのでまったく儲からず、月次100万円ほどという状況でした。

いいサービスでも需要がなければ使ってもらえない。それはいいサービスとはいえないという市場の評価であることを勉強させてもらいました。

ただ、この時にマッチング(送客)ビジネスを覚えたことは、今日において非常に役に立ちました。マッチングビジネスは初期投資が必要なくマッチング手数料ベースなのでリスクが低く、高い利益率なのです。

 

得意の“営業”で売り上げ1億円突破。その先に待ち受けた疲弊

▲ 移転前の赤坂オフィスにて。社員も増え、手狭になりはじめた(2017年)

ニーズのない自社サービスはどんなに頑張っても売上につながらないとわかった1年後、そろそろ見切りをつけて次にいかなくてはと思い、他社商材の“営業”をすることにしました。

創業メンバー3名は営業力はあったので商材問わず広告営業・ホームページ制作・受託ビジネスなどで営業してみたところ、すぐに売上1億円を突破しました。

しかし、「営業で稼ぐ」ことは労働集約なのでとても疲れました。働けば働くだけ売上はあがりますが、その分体力面・精神面での負担が大きく、私もメンバーも疲弊していきました。

やはり「仕組みづくり」をして効率のよいビジネスをしないといけないなと。また、「他社の商品・サービス」を売ると売上高は大きくなりますが、利益額は比例して大きくなりません。

これは、非常に辛かったです。自社サービスを展開してオンリーワンかつナンバーワンを目指す必要性を強く感じました。

そこでつくったのが、のちに弊社の主軸ビジネスとなる「交通事故病院」(自賠責患者と整骨院のマッチングメディア)でした。

元従業員の家族が交通事故に遭い困っていたところ、インターネットに適切な情報が展開されていなかったことがメディアをつくるキッカケとなりました。

インターネットメディアをつくったことのある経験者は誰もいなかったので手探りで進めていきましたが、完成度の低いサイトでもコンバージョンがあったことで世の中の必要性(ニーズ)を感じることができました。

当時は調べもしなかったのですが、年間60万人もの人が交通事故に遭い困っていることが後からわかりました。人生に一度あるかないかの出来事であるため事故にあったユーザーは情報不足になりがちで、しばしば不利な状況が強いられます。いわゆる情報の非対称性です。

わたしたちはこうした領域に対し、ユーザーの不便や不安、不満を解消する、正確でフェアな情報提供を行なっていこうと、このサービスを成長させていくことで方向性が固まりました。

伸び悩んだ3年間。成果報酬型の収益モデルへ変えた途端に大躍進

▲事業を転換したことで、楽しく仕事ができるようになってきた

しかし売上1億円を達成してから3年間は、会社の成長は横ばいでした。

打つ手打つ手が刺さらず、しんどい時期が続きました。その間に創業メンバーも辞めていくなどの辛い出来事も……。

理由はシンプルで「個人の営業力」に限界がきていました。自社・他社の商材を売り歩いても人を増やさない限り右肩上がりの成長はできません。「営業力」主体の会社で人を増やすことは避けていたので当然売上も拡大しません。

そこで、大きく舵をきることにしました。

①自社メディア事業のみに集中(広告営業をやめる)
②広告モデルから成果報酬モデルに切り替える

それまでは広告営業で収益を立てていたので収益的には安定していましたが、一部のお客様からは“成果”が出ずにクレームをいただくこともありました。そこでお客様に成果が上がりその一部を報酬としていただく成果報酬モデルに切り替えたのです。

当時運営していたメディアは、トラフィックも少なかったので最初は売上が上がらず辛い時期が続きました。しかし少しずつメディアが成長していくにつれ、お客様に成果を提供することができ、良好な関係を構築できるようになりました。

何よりもメディアという仕組みで売上をあげることができたことで、労働集約(働いただけ売上が上がる)にならず利益率が上がり、従業員の疲弊も減って会社としてイイ波に乗れました。

営業カルチャーからメディア運営カルチャーに転身するのは勇気がいりましたが転身して本当に良かったです。

そういえば、サイバーエージェントの藤田晋社長が「ネット広告代理店からAmeba事業に大きく舵をきったことが大きなターニングポイントになった」とおっしゃっていました。

規模は違えど、弊社の歴史の中でもこの“転身”が、一番のターニングポイントとなり、今までとは違う推進力となって動き出しました。

どんな時代でも“勝てる”会社にする。営業利益100億円への道

▲2018年9月に移転した紀尾井町オフィス。

2018年11月現在、株式会社ハッピーズはインターネットメディア事業を通じ、従業員47名とハッピーをつくっています。

インターネットの普及で大量の情報が手に入るようになった現在でも「本当に知りたい情報」を探すのはまだまだ難しいと思っています。

飲食店予約など自分自身で意思決定できるコトに関してはインターネットが便利ですが、生命保険選びなど自分自身で意思決定できないコトに関してはまだまだインターネットで完結できません。

当社は自分自身で意思決定できない(=ユーザーと事業者における情報の非対称性が存在する)コトをインターネットメディアとコールセンターで解決し、情報格差を是正してひとりでも多くの方々にハッピーになっていただきたいと考えています。

ユーザーの求める情報を突き詰め、徐々に唯一無二の自社インターネットメディアが育ってきました。ここからは今まで以上のスピードで圧倒的業界No.1を目指します。

そのためにも、仲間・サービス・投資できるお金 がそろってきた段階でまたもうひとつ上のフェーズに進みたいと思っています。

当社のミッションである「新しい価値の創造を通じ、世の中が便利になるプラットホームをつくる」ことを念頭に、インターネットメディアにとらわれることなく「人が困っていること」を課題とし、最適な解決策でハッピーをつくっていきます。

また、今後も売上高ではなく営業利益高にこだわり続けます。そして本質的な営業利益高を追求することで、いつの時代でも勝てる強力な組織をつくっていきます。

移り変わりの激しいベンチャー業界だからこそ“勝ち続けられる”ことが大切です。

私が45歳になる14年後までには常に営業利益100億円を出し続けられるハッピーな会社をつくっていきたい。私はそう考えています。

「慶應卒&実家は病院」何不自由なく育った代表芦川がベンチャーで勝負に出た理由・前編

実家の病院を継ぐことを選ばず、起業家を志した株式会社ハッピーズ代表取締役・芦川泰彰。医者の道に進めば一生安泰であったはずの芦川が、なぜあえて波乱万丈な起業家への道を選択したのか。未来を動かすきっかけとなった「ホンモノとの出会い」と、創業までのストーリーを語ります。

上場企業の創業者が教えてくれた「起業のススメ」

 

▲起業のキッカケをつくってくれた上場企業創業オーナーと(写真左から3人目が芦川)

私は公立の小学校に通いながら、中学受験塾に通っていました。その塾の創業オーナー(以下、当時のニックネーム「ウマ先生」)は母の中学時代の家庭教師でもあり、私が幼い頃からよく面倒を見てくれました。

子ども好きで勉強を教えることが得意なウマ先生は、創業した学習塾を全国展開し、一代で上場企業へと築きあげた“やり手経営者”でもありました。

私は小学3年の頃からウマ先生のもとに通っていたのですが、塾に行くというより「放課後友達の家に遊びに行く」という感じでした。勉強を教えてもらうだけでなく、夕飯を一緒に食べたり、別荘や昆虫採集に連れて行ってもらったり、高級車に乗せてもらったり、多くの時間をウマ先生と一緒に過ごしました。

そんなウマ先生から教わったのは、“成功者の帝王学”です。「成功すると唱え念じ続けろ」「人と同じことをしてはダメ」「リーダーは孤独に耐える」「戦わずして勝つべし」「明るく元気で遊び好き、欲が深くていいかげん」などといった刺激的なキーワードの数々。なかでも、一番に言われたのは「起業して上場しろ」という言葉でした。

「起業」「上場」の意味もわからない頃から言われ続けたので、「僕もいつか起業して、上場することになるんだな」と小学生ながらに思っていました。たとえるなら、実家が商売をしている子どもが、将来後を継ぐことを当たり前だと思うようなイメージでしょうか。

そしていつしか、「好きなことを仕事にして、自由に時間とお金を使える人になりたい」「世の中がハッピーになるような新しい価値をつくっていきたい」という意志が固まっていました。

幼少期を上場企業の創業者とともに過ごすという貴重な経験のなかで、進むべき道が明確になったことはとてもラッキーでした。また、自分のなかにブレない軸ができたことが、今の強さにつながっているとも感じます。

そんな私に対して、父は一般的な考えを押しつけませんでした。「医者になって病院を継げ」と言うこともなく、私の希望する選択肢を自由に選ばせてくれたのです。そんな父には、今でもとても感謝しています。

余談ですが、ウマ先生の息子さんも起業家でした。日米同時上場(東証マザーズ&ナスダック)を成し遂げられており、上場体現者が身近にいたことも、私にとっていい影響となっていると感じます。

 

背中を押してくれたのは「ホンモノのお金持ち」との出会い

▲慶應義塾高校時代、後夜祭MC仲間と芦川(左)。帰宅部として遊びに精をだしていました

 

中学受験を無事に終えた私は、慶應義塾中等部に入学。バスケ部に入部し、仲間とともに充実した日々を送っていました。

学生生活に慣れてくると、慶應のご子息・ご息女は「桁違いのお金持ちである」という現実が見えてきました。私の父は開業医でベンツにも乗っていたので、それなりのお金持ちだと思っていましたが、上には上がいたのです。

親が上場企業の経営者なんていうのは当たり前。某大手電気機器メーカーの創業一族や、プライベートジェットを持っているという超富裕層などの存在には、さすがに驚きました。友人宅はとんでもなく大きく「これぞ慶應、ホンモノのお金持ちはいるんだな」と衝撃を受けました。

しかしそのとき私が感じたのは、ひがみや悔しさではなく「格好いい、いつか自分もこうなりたい」というポジティブな感情だったのです。

そこで、お金持ちの友人たちの親御さんはどういうセグメントに分けられるだろうと自分なりに分析してみると、大きく4つに分類することができました。

①大企業の創業一族 ②士業(弁護士・医師・会計士)③エリートサラリーマン④中小・ベンチャー企業のオーナー社長です。

①〜③が圧倒的にすごいのかと思っていましたが、実は④中小・ベンチャー企業のオーナー社長たちが、かなり豊かな生活を送っていたことがわかったのです。当時の私は中小・ベンチャー企業の名前もほとんど知らず、仕事内容を聞いてもさっぱり理解できなかったので、なぜそれほど彼らにお金と時間の余裕があるのかわかりませんでした。

ただ、比較するわけではありませんが、①〜③に属する親御さんより、中小・ベンチャーオーナーの親御さんと話をする方がなぜかワクワクしました。仕事の内容や将来の夢を熱く話す姿が、私には格好よく映ったのです。

ひとことでいえば「お金持ちのパパ」でしたが、彼らの姿・立ち振る舞いには、素敵なストーリーを想像させる何かがありました。

「ホンモノのお金持ち」と過ごした中高校時代を通して、「起業して事業を起こそう。そして絶対に成功しよう!」と強く心に決めたのでした。

 

「とんでもない努力家」学生時代に私が出会った世界のエリートたち

▲世界的バイオリニスト・五嶋龍をはじめ、日本&世界で活躍している仲間たちと(写真は2012年)

高校までは慶應の世界にどっぷり浸かったので、大学からは非慶應コミュニティと交わろうと決めていた私。

そこで、まずは「頭がいい人」を戦略的に見つけにいくことに決めました。友人の紹介で、鈴木寛議員が主催する「すずかんゼミ@東京大学」に潜り込んだものの、ゼミの内容が一切わかりません。

日本語なのに、ここまで理解できないものかと悲しくなりました。そこで、知ったかぶりすることなくたくさんの質問をぶつけると、優しい東大生たちは受け入れてくれ、すぐに仲良くなることができました。

そんな仲間のつながりで、ハーバード大学のリッキーという学生と出会いました。ビジネススクールに日本人はたくさんいますが、学部生はほぼいないので、彼はレアな日本人だったのです。大学の長い夏休み期間を利用して、日本のコンサル・外資系金融機関でインターンをしていたリッキー。

インターンとはいえ、過酷な労働時間のなか業務に携わり、どんなに忙しくてもとことん飲み、食べ、遊び尽くし……。そんなリッキーと触れ合い、世界のエリートの底なしの体力を実感しました。闘いに必要なものは、なによりも体力だなと。毎晩騒ぎ尽くし、本当によく遊んだ大学1年の夏でした。

そしてもうひとり、私に影響を与えた人物がいます。リッキーの後輩にあたる、五嶋龍という世界的バイオリニストです。バイオリンひとつを武器にハーバード大学に入学し、若き頃から世界のVIPを相手にコンサートをしている彼の生き様は、とてもまぶしく映りました。

なんでも、カリブ海に浮かぶ客船にヘリコプターで行き、ビル・ゲイツなどのVIPを前に2億円のバイオリンで演奏をしたとか。「そんな20歳いるのか?」と本当に驚きましたが、若い頃から世界で活躍するホンモノと触れ合えたことも、大きな刺激になりました。

リッキーや五嶋龍をはじめ、世界のエリートたちはとにかくストイックです。飲んだ後でも、仕事やバイオリンの練習には真剣に向き合っていました。人並み以上の才能を持ち、すでに社会で活躍しているにもかかわらず、さらに量をこなして質を高めにいくというストイックな姿には、同世代ながら感銘を受けました。

“普通に”努力するだけでは勝てない。“とんでもなく”努力すれば、世界で勝てるかもしれないと、強烈に感じたのです。2人との出会いを経て、私自身も人並み以上の努力をしようと決心することができました。(リッキー&龍、いつもありがとう!!)

学生起業の光と影。そして芽生えた仲間との熱い絆

▲大学で起業したベンチャー企業。中央下段が芦川(写真は2010年)

大学在学中、私は「すずかんゼミ@東京大学」で出会った仲間たちが起業したベンチャーにジョインしました。事業内容を決めずにスタートした会社は、創業3カ月で1億円の調達に成功。

現在では資金調達環境が整っており、比較的容易に億単位の調達が可能になりましたが、当時はリーマンショック直後。マーケットも冷えきったなか、1億円調達しきったのは我ながらすごいことでした。マンション1室からスタートし、1年に1回は拡大移転をするほどのイケイケのベンチャー企業でした。

当時はとにかく働きました。毎日午前8:00〜午前4:00まで仕事をし、日曜日の午後だけなんとか休んでいた記憶があります。もちろん長時間労働は疲れましたし、辛いこともありましたが、仕事をすればするほど会社、そして自分自身の成長が感じられる環境は、何より私にとっては楽しかったです。

上司や先輩がいなかったので、「世の中の普通」がわからず苦労したこともありました。けれどそんな状況でも「調べること」「見様見真似でまずはやってみること」というベンチャーの基礎体力を身につけられたのは財産です。

この学生起業は、創業3年目で経営破綻という結果に終わってしまいましたが、普通の大学生活では得ることができないような苦労や経験を積めたことには感謝しています。

当時の仲間とは今も切磋琢磨し合えるいい関係で、彼らは現在エネルギー系ベンチャー創業、ゴールドマン・サックス、マッキンゼー・アンド・カンパニー、上場企業役員、ベンチャー社長など、各方面の第一線で活躍しています。

10〜20年後には、お互いの強みを生かしたビジネスで手を組み、世界を舞台に一緒に挑戦していこうと計画しています。だからこそ、今自分が最大限価値を生み出せること、つまりハッピーズでの活動を通じて、新しい価値を創造し、世の中をハッピーにしていきたいと思っています。

10〜20年後もしっかり世の中に貢献できる企業にするためにベンチャーで勝負していこうと決めました。

第11回ベンチャー三田会・コーポレートサイトリニューアル

幹事をつとめているベンチャー三田会、第11回(2018年12月開催)のゲスト講師は平井卓也議員<内閣府特命担当大臣>(クールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策)に起こし頂きました。

年末年始ということもあり前回の小泉首相に比べて少ない参加者でしたが1年に1度しかお会いできない先輩方とも話ができ貴重な時間です。

 

さて、2018年は事業が大きく成長した1年でした。

事業成長に伴い、採用・営業・提携活動で多くの方と接点をもつ機会が増えた一年となりました。一方、弊社の情報がWEB上に少なかったのでコーポレートサイトを数年ぶりにリニューアルしました。コーポレートサイトはコチラ

代表挨拶の中で、「どんな時代でも勝てる自社サービスと組織をつくる元年。」と述べさせて頂きました。

既存サービスに加えて新しいサービスも次々と立ち上がっており、その立ち上がりとあわせて少しずつ組織力がついてきています。全社一丸となりコツコツ丁寧に大きな会社にしてまいります。

製作を担って頂いたNEOPA社の皆様、有り難う御座いました!

第10回ベンチャー三田会 〜小泉純一郎氏〜

慶應義塾大学には「三田会」というOBOGをとりまとめた同窓会団体があります。地域・業界・ゼミ・スポーツ・趣味 など各種「●●三田会」が存在しています。

詳しくはコチラの記事を参照ください。

慶應義塾が東大・早稲田他と違うのはこの「三田会」という組織の結束力が強いことだと思います。

 

 

そんな中、ベンチャー経営者のご縁で「ベンチャー三田会」の幹事としてお手伝いさせて頂いております。

塾出身のベンチャー経営者・経営陣(上場・非上場)約250名にて構成。ベンチャー企業の最前線で活躍する塾出身の経営者らが、年一回各業界の最前線で活躍する方を講師に迎え、公園・懇親会を行なっております。これまでにも新浪剛(サントリー社長)・星野佳路(星野リゾート社長)など多くの経営者との交流をしています。

参加者には、上場企業の創業者も何十名とおり、毎回刺激的な機会と勉強になるアドバイスをいただく機会となっています。先輩・後輩ということでとてもフランクに接せることができる貴重な機会です!

2017年10月19日に第10回を迎えたベンチャー三田会は記念会として、小泉純一郎氏をゲストとしてお出迎えしました。

一企業のリーダーではなく、世界を代表する日本のリーダーとしてのお話、大変興味深かったです。

 

▼幹事チームでの一枚
芦川・柴田啓(ベンチャーリパブリック・)小泉純一郎・須田将啓 (エニグモ)・菅澤 聡(オーシャナイズ)

 

▼三田ジャーナルにも掲載頂きました

 

ブログ再開しました 

株式会社ハッピーズ 代表取締役社長の芦川泰彰です。

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今まではアメブロ( http://ameblo.jp/golfventure/ )で書いていたのですが、今後はこちらに書いていきますので宜しくお願い致します。

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